本当にあった復讐の話

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【66話】ドラム缶風呂

まあ聞いてくれ。
俺は霊感とかそういうのは持ち合わせちゃいない。
だけど恐怖と言う意味では、幽霊なんぞよりもよっぽど恐ろしいモンがある。

昔、小さい印刷会社みたいなとこで働いてた。
ホントに酷い会社で、筋モンの作る偽物の株券とか、政治団体の中傷ビラとか、法律にひっかかる様なことをフツーにしてた。
でも悪い事ばっかじゃないのもあった。
小学生の女の子が親と一緒に来た。
猫を探すために持って来た手書きで書いた紙。
コレをたくさん印刷して欲しいって。
ぶっちゃけ個人の依頼なんざ受けてないし、「コンビニでコピーした方がよっぽど安上がりだ」とわざわざ上司が教えてあげてたんだが、「貯めたお年玉全部出すから」ってきかねえんだよ、そのがきんちょ。
馬鹿だよな、こんな怪しい会社に要りもしないビラ代取られるのなんて。


でも、多分、あんときは皆一丸となったね。
この子を助けてあげようっていう何だか分からん義務感。
色々手直しして、それは立派なビラを大量に刷ってやった。
猫の写真とか借りて、手書きじゃなくてカラーに写真入印刷した。

で、納入日。
上司がその親子に頭下げんだよ。
ビビッタね。
モンモンにも絶対に引かない鬼みたいな上司だったから。
最初、何で頭下げんのか、馬鹿な俺は分かんなかった。
でも他のみんなは気付いてたと思う。
「誠に申し訳ありません。プロとしてやってはいけないことをしてしまいました。原本を無くしてしまいました」


だとさ。
何言ってんだこの人、とか思ったよ。
でもその後に出た言葉が痺れたね。


「お詫びと言っては何ですが、代わりを用意しました。もちろん御代は結構です。契約不履行ですのでペナルティーとしてビラの配布も手伝います」
もちろん無くしてなんかないし、むしろ、作業室の壁際にずっと貼ってあった。
コイツなら掘られてもいいやってマジ思ったね。
ま、そん時仕事なくて、ヒマしてたってのも大きいんだがな。

ん? 猫ちゃん見つかったよ。
ちょっと離れたところにあるアパートで婆さんに餌付けされてた。
ビラのおかげか、婆さんが連絡くれたんだってよ。

まあ、そんな感じの倒産寸前のアホだらけの会社だったんだよ。
ゴメンな話逸れちまった。
そんで、こっからが怖い話なんだわ。
前置きなげーよな。
まあ男は長持ちする方がいいって言うだろ。
カンベン。

当時、あるチンピラがどっかの事務所の金ちょろまかしたらしいんだよ。
まあ良くある話。
んで、風俗とかサウナとか焼肉屋とかラブホとかあっち系列の店に配るためのビラの仕事が来たんだわ。
大概は探偵とかそういうので探して見つけ出して、かっちり追い込みかけておしまい。
でも今回は人海戦術ってやつでいくらしいんだとさ。
なんでも下の奴らの忠誠度を試したいんだってよ。
ウチの会社が儲かるから事情はどうでもいいんだけどな。
最悪なのは俺とソイツがスロ仲間だったこと。
連絡先も家も知ってたんだよ。
写真見せてもらった時、ヤバイって思ったね。
マジで悪魔と天使が頭の中でケンカしたよ。

俺が一言言えばこの話はそれで終わりだ住所と電話番号いま言えばすぐ終わる多分ボーナス出るぞ、って悪魔が言うんだよ。

いやまてそれでもお前は男か短い付き合いでも仲間は仲間だろ台譲ってもらったりメシおごってもらったりしただろ、って天使が反論。

グダグダ頭の中で考えてる内にもう受注してたよ。
後悔ってよりも、しーらねとかそれぐらいにしか考えてなかった。

でもまあ仲間ってのは嘘じゃないって後で証明されたんだよ。
俺が仲間だと思ってるってことは向こうもそう思ってたってことだ、残念ながらな。


次の次の日くらいかな。
夜中にそいつが俺んち来たんだわ。
ピンポンピンポンほんとうるさくて、苛立ちながらドア開けたら、そこにゴリラみたいないかついアイツがいやがった。
ああ、もうこの際こいつゴリラな。

で、ゴリラが事情を説明するんだけど、もうこっちは帰って欲しい気持ちで一杯。
大体俺、ゴリラ語わかんねーし。

まあ冗談は置いといて、事情勝手に話すんだよ。
ウチに上がりこんで。
すっげーありきたりな理由。
借金だって。
病弱な妹がいるとか、潰れそうな施設に寄付するために必要ってんなら俺も同情したよ。
だけど、そいつは女がらみだった。
身の程知らずにも高級クラブのおねえちゃんに金貢ぎ続けて、借金しまくったんだとさ。
今更、その女に騙されたとかウホウホ言っても意味ないし。

それより早く出て行って欲しいって気持ちがデカかった。
俺がマークされてるとは思えないが、万が一ってことがある。
溺れるものは藁をも掴むって格言、誰が考えたんだろうな。
ゴリラは俺を渾身の力でガッシリ掴みやがった。
もしここから追い出してオレが捕まったら共犯者としてお前の名前出す、って脅し始めた。
マジどうすりゃいいんだよ。

今になって思い出すと、さっさと筋モンに引き渡せば良かったと思うし、それが出来ないなら誰かに、例えば上司とかに相談すれば良かったって思う。
でも俺はそいつをかくまっちまったんだ。
おかげで足の小指を無くしちまうんだが、それは後で話す。


それから数日間は精神的にきつかった。
昼は仕事でゴリラの顔を刷る。
筋モンが新しい情報をいれろってんで、次々に新しいビラを作るんだよ。
疲れてアパートに帰ったらゴリラがいる。
もう俺の生活ゴリラだらけ。
ここはどこの動物園だっての。

最初の内は畜生でも罪悪感があったのかゴリラは大人しかった。
だけど部屋にこもるのが飽きたのか、色々注文つけるようになった。
やれコーラが飲みたいとか、雑誌買って来いとか、ラーメン食いたいとか。

早く出てって欲しかった。

まあ流れ的に分かると思うけど、ゴリラは背中に絵が描いてある怖い飼育員たちに捕獲されたんだわ。
ある日、部屋に帰ったんだよ。
玄関開けた瞬間に、いきなり部屋の中に引きづりこまれたんだ。
ガチャッグワッって感じ。
わけも分からず口にガムテープ、手と足には多分梱包用のビニールヒモ。
あれ手に食い込んで痛いし、何か熱持ってるみたいになるよな。
手と足のビニールヒモで一つに縛り上げられて、ゴロンって床に転がされたんだわ。
ホント手馴れてたって思うよ。
抵抗しようと思う前に手と足の動きが封じられてた。

やばいやばいって気持ちが頭ん中で一杯だったんだが、ゴリラがいないのが気になった。
で、その中の責任者みたいな男が床に転がった俺の目を見て話し始めた。
妙な発音の異常に甲高い声で耳にキンキン響く声だった。
悪魔の声ってのは、ああいう声なんだと思う。

「お前、アイツの仲間か?」

俺は大袈裟に首を横に振った。
床に頭がゴンゴン叩きつけられたけど、そんなのに構ってる場合じゃなかった。

「ここお前の部屋だろ、仲間じゃないなら何なんだ?」
説明しようにも口にガムテープがグルグル張られててモガモガ言うことしか出来なかった。
まあ向こうも俺の存在は謎だったらしい。
「取りあえず場所変えるぞ」ってさっきの甲高い声の男が周りの男に指示した。

真っ黒い窓のないバンみたいなのに乗せられて、タオルかなんかで目隠しされた。

時間間隔とか良く分からん。
一時間くらいは走ってたと思う。
バンを降りて、歩かされて、タオル取られたら目の前に全裸のゴリラがいた。
コンクリートの床に寝転がされたゴリラはうーうー唸ってた。
たまにごほごほ咳き込んでたんだが、意識は混濁してたんだと思う。
鼻の位置と頬の位置が同じに見えるくらい顔がパンパンに腫れてた。
体中が青とか黒とか様々な色の斑点が出来てた。
多分殴られすぎて、色々なところが内出血してるんだと思う。

こっちには気付いてないみたいだった。

俺はガムテープを一気に剥がされ、さっきの男にまた耳障りな声で質問された。


「おい、お前コイツとどういう関係なんだ?」

多分、ここの答えを間違ったら俺もゴリラみたいになるってことは良く分かった。
俺はゴリラとパチ屋で知り合って、その縁から俺の家に居座られたことを説明した。

甲高い声の男はあまり聞いてないように見えた。

「本当か? 助かりたいからって嘘ついてねえか?」

俺は全力で否定した。
「確かにスロ仲間でメシ食いにいくくらいの仲の良さではあったが金を盗んだりはしてない」ってことを強調した。
だがこれが裏目に出た。

「なんでお前、コイツが金パクったって知ってるんだ?」

自分が墓穴を掘ったことを理解して、俺は黙ってしまった。
数日も一緒にいるんだからソイツが何をしてどんなヤツに追われているかぐらいは知っていてもおかしくないだろ?
だけど俺はビラ刷りの会社の社員だったからもっと細かい内情を知っていた。
それの罪悪感から黙ってしまった。

「まあいいや、おい」

甲高い声の男は近くにいた男たちに声を掛けて、何やら準備し始めた。
そいつらはゴロゴロ何かを転がして、ゴリラの近くにそれを置いた。
ドラム缶だ。


「まさかこいつらゴリラをコンクリート詰めにでもするのか」とか俺はお気楽なことを考えていた。
コンクリート詰めで済むのなら良かったんだよ、ホントに。

男たちはゴリラをドラム缶に四人がかりで入れていた。
ゴリラは全く抵抗をしないで、すんなりドラム缶に入れられてた。
アイツがやったことはうーうー唸るだけだった。

「いいこと教えてやるよ、お前らが捕まったのはコイツのせいだ。デリ頼んだんだよ。笑えるだろ? 自分から俺たちに場所を知らせてくれたんだわ」
俺はゴリラの厚かましさに呆れると同時に、無用心さに腹が立った。
「逃げている最中に何てことしやがるんだ」と。

「あんな端金はもういい。コイツには落とし前をつけてもらう。俺たちをおちょくりやがったってことが大問題なんだ。俺たちはなめられたら終わりなんだよ。なあ、おい。お前がどこの誰かなんてことはどうでもいいんだ。コイツと一緒に俺たちをコケにしたのかどうか、それがききてえんだよ。お前がウチの事務所から金をパクってないってどうやって証明するんだ? これからお前はコイツとしばらくいてもらう。その後にもう一度だけ質問する。いいか? どれくらい掛かるかわからねえけど、しっかり考えろよ? まあ個人的には同情するぜ」

甲高い声の男は一気にそうまくし立てると、傍らの男に声を掛けてそこから出て行った。
俺はこれから始まることへの不安から、震えちまった。
もう心の底からブルっちまった。
無理矢理椅子に座らされて、例のビニールヒモでグルグル巻きにされた。
そのまま二人の男に椅子ごと抱え上げられて、ゴリラが入っているドラム缶の前に置かれた。
ゴリラの顔の前から50センチくらいしか離れていなかった。
こんな不幸なお見合いはないだろ?

ゴリラはうーうー唸ってた。

俺も抵抗する気は起きなかった。
ただ早く開放されることだけを祈ってたよ。

五人の男たちが俺たちの周りで作業をしてた。
いかにもな風貌の男たちは嫌々動いているように見えたのは気のせいじゃないと思う。
ドラム缶の中に太いホースが突っ込まれた。
そうだな、ちょうどコーラの500mlの缶ぐらいの太さだと思う。
間抜けにも俺は「ああやっぱりコンクリートか」ってビビッてた。

そのホースは変な容器に繋がってた。
服とか小物を入れるでっかいプラスチック製の容器あるだろ? 
あんな感じの容器が頭についてる俺たちの身長くらいの足の長いキャスターに繋がってたんだわ。

おい何だよ、何すんだよ、ってつま先からつむじまでブルってた。
作業が終わったのか、最終チェックみたいなことをした男たちは俺に目線を向けた。
そして意外なことを言った。

「おい、きつかったら目を閉じてろよ。頑張れ」

一体何が始まるのか、何でそんなお優しい言葉をかけるのか分からなかった。

ドラム缶のゴリラ。
その目の前にいる俺。

「じゃあ俺たち行くわ、頑張れよ」と言って男たちはそのキャスターに付いていたレバーを引いてそそくさと出て行った。

ここがどこなのか、あの容器が何なのかを知らなかった俺たちだけになった。



ボトッと、コンクリートにしては固い音がした。
その塊が落ちてきたのを皮切りに、ざざざざざざっ、と流れるように何かが容器から落ちてきた。

ゴリラはうーうー唸るのをやめ、今度はぎゃあぎゃあ叫びながら身をよじるのに必死になっていた。

最初はホースがドラム缶の中に突っ込まれていて、何が中を満たしているのか分からなかった。
だがすぐにドラム缶が一杯になり、その正体が分かった。

蟹だ。

こぶし大から、小指の爪くらいのサイズの蟹が溢れんばかりにゴリラの入っているドラム缶を満たしたんだ。
何でこんなことをするのか最初は分からなかった。
たかが蟹が何だってんだ。
ゴリラと蟹の味噌汁でも作るのか、とそれはそれで怖いことを想像した。

だがしばらく身をよじっていたゴリラが咆哮にも似た叫び声を上げ始めた時に、俺はその恐ろしさを目の前で、本当に50センチくらいの目の前で意味が分かった。

「おい、おい!!! 助けてくれ!! コイツら、オレの中に入ってきやがった!!!!」

ゴリラは脂汗を流し、耳をつんざくような大声で叫びながらも俺に助けを求めた。
蟹がゴリラの体を食い破り、内部に入ってきただと?

ゴリラは俺が動けないにも関わらず、ケツがいてえ! とか、足が足が! とか身体のパーツをことさらに強調した。

やめてくれ。
想像したくねえ。

だが、目の前にいるゴリラは最早叫び声とは言えない雄たけびを上げ続けてた。


そしてゴリラは何時間も叫んだ。
いや良くわかんねえ。
何時間とか何分とかどれらいの時間が経ったのかは。
口の中に泡と血だまりができて、目と鼻から血が出ていたが、それでもゴリラは叫び続けた。

顔が赤から真っ青になっていき、血反吐を蛇口の水みたいにげえげえ吐き始めたころに、蟹たちは次の侵入場所に気付きやがった。

蟹たちはゴリラの顔めがけ、ギリギリと変な音を出しながら口や目に纏わり付いた。
ゴリラは叫び、首を振り続け、ドラム缶に頭を叩きつけるが、蟹たちは許してくれなかった。

見ちゃいられなかったが、どうすることも出来ない。
身をよじって、よじった。
固定された椅子ごとドラム缶に体を叩きつけたが、ゴリラの体重と蟹どもの体重のせいでビクともしなかった。
俺の耳がゴリラの絶叫で痺れ、音が聞こえ辛くなった。
最後に、げへ、という何とも間抜けな音を出し、ゴリラは静かになった。

ガサガサとドラム缶の中で音が鳴り続けている。
ゴリラは痙攣したようにビクビク動いているが、ゴリラが動いているのか、中にいる蟹が動かしているのか区別が付かなかった。

目玉を押し出し中から蟹が出てきたところで俺の意識も限界を迎えた。



ガサガサという音で気付いた俺は昔ゴリラだった何かが蟹の動きに合わせて動いているのを見て吐いた。

地獄がどんなところか知らないが、あれより酷いところだとは到底思えねえ。
蟹どもはゴリラの体に纏わりつき未だに齧っていた。
ゴリラの体が傾き、俺めがけて首が折れた。
その拍子にドラム缶から蟹があふれ出て、目の前にある生きた獲物に標的を変えた。

俺は絶叫した。
足元にボトボト蟹どもが落ちてくる。
足に纏わり付く。
最初はくすぐったいくらいで、次にかゆくなってきた。
椅子ごと体をよじってもあいつらはどんどん俺の足に纏わり付く。
その内、小指に激痛が走り、俺の中にも蟹が侵入してきたことに気づいた。

ドリルで穴を開けられるほうが万倍もマシだろう。
爪をちょっとずつ引き剥がし、俺の中に入る努力をしている。
脱糞し、失禁したが、蟹は許してくれない。
ノドがぶっ壊れようが、絶叫が何の意味もなかろうが、俺は叫んだ。
が、蟹どもは俺の体に入ろうとした。
気が狂うと思った、もう気が狂ったと思った。

甲高い声が聞こえて、何人かの男たちが叫びながら蟹を払い飛ばした時、俺は安堵からか、ブツリと頭の中で音が聞こえて、気を失った。

「おい、生きてるか!? おい!!」

頬を張られる感触で起きた。
目の前にいる甲高い声の男が天使にも神にも見えた。
足の小指がジュクジュク痛む。
小指だけで済んだことを歓喜して涙を流した。
「起きたか?」

甲高い声が俺に質問する。
俺は、あうあうと声にならない音を上げた。

「質問に答えろ。お前はコイツの仲間か?」

ドラム缶を指差し、甲高い声の男は俺に質問した。

ねじ切れるほど首を横に振り、鼻水と涙とよだれで窒息しそうになったが、違うことを伝えようとした。

甲高い声の男とその取り巻きどもは、流石に納得し、俺のビニールヒモを解いた。
足腰に力が入らなかったが、小指の痛みで足がまだあることが分かった。
その後、バンに詰め込まれ、アパートの前で蹴り出された。
一週間以上、何も食べれなくなり、外に出れなかった。

どういう理由か分からないが、バイト先の上司が見舞いに来て、茶封筒を置いて出て行った。
中には札束が入っていた。



幽霊なんぞ可愛いもんだ。
蟹のドラム缶風呂以上に恐ろしいモンがこの世に存在することを俺は知らない。

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